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史跡

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世宗大王陵/孝宗大王陵

時代 朝鮮時代
所在地 驪州市 陵西面 旺垈里
紹介 - 英陵
朝鮮第4代王世宗と王妃である昭憲王后が一緒に安置されている合葬陵であります。天下明堂で知られている英陵の地勢は法道に反せず層々が太陽と月の姿を帯びて鳳凰が翼を広げて降りてくる様子といいます。しかも西南向であり“たやすく万世に国を継承し続くほどの気が誕生するところ”であり、これを牧丹半開形といいます。英陵の正門に入ってくると、齋室と世宗大王の銅像が右側に立っており、左側には世宗大王記念館である世宗殿があり、1975年から1977年まで聖域化事業によって周辺の整備を実施しました。
訓民門を通り過ぎて広い陵域を少し歩くと、池や紅箭門、丁字閣が順次に迎えてくれます。丘に立って見ると、石像、石馬、文人石、武人石を前に置いた合葬陵があり、ここが朝鮮王朝500年史の最も優れた王様である世宗大王を安置した英陵であります。
当初には広州大母山にあったものを睿宗(1469年)にここに遷葬しました。
この陵を遷葬した後、朝鮮朝が100年延長されたという可百年説が伝えられています。

- 寧陵
寧陵は朝鮮第17代孝宗(1619~1659)と仁宣王后張氏が安置された双陵であります。孝宗陵も陵域や青い松ノ木が周辺に鬱蒼で、奥ゆかしく上品ですが、世宗陵に比べると訪問にくる人々が少ないので四方が静かでひっそりしています。陵を囲んでいる流暢に流れてくる墓内水は紅箭門と丁字閣の間を抜けてきて參道の中央に錦川橋が置かれたのが周辺の景観と調和して異彩して絶妙であります。孝宗は大同法を実施して百姓の租税負担を減らし、貨幣改革を行うなど百姓の苦しみを除こうとしました。法を改定して『仁祖實』 『国朝宝鑑』 『農家集成』 などを刊行して国家紀綱を正しくて農業生産性を高めるために寄与しました。
孝宗は何より北伐政策を樹立して軍備改編はもちろん軍事訓練を強化しました。それは丙子胡乱にやられた屈辱を解消するためでした。しかし、在位10年ぶりに王が41歳のとき、中国の清にやられた屈辱を胸に刻んで北伐の夢を適えずままで昌德宮の大造殿で崩御しました。
当初には楊州の建元陵にあったものを顯宗(1674年)にここに遷葬しました。

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